南無阿弥陀仏とは

 仏教に詳しい方、もしくは異教徒の方が居たら申し訳ないですが、今から仏教の話をします。

南無阿弥陀仏とは浄土に往生する為の功徳の詰まった六字です。

これを聞いて喜んで念仏する人は浄土に往生します。

これだけ聞くと「俺は浄土なんてわけのわからん所行きたくない!」と思われるか、どういう事?ってなるので解説します。

 

 まず南無阿弥陀仏や浄土が何かを説明する前に、この世界について話します。

世界に終わりがないって事に気づかれた方いますか?

これは紀元前500年前にお釈迦様という方が言われたことです。

お釈迦様とは仏であり仏陀と言われる方です。

そして終わりがないのと同時にここは十方微塵世界だと言われました。

この地球のような場所が宇宙には点在していて、まるで塵みたいだと言われました。

 当時の価値観からすると驚かれたと思います、だって当時は今のような望遠鏡なんてないですし、象の上に世界があったと言われる時代でしたから。

でも今の皆さんにこれを伝えても ふーん くらいにしか思われないと思います。

だって望遠鏡、ありますからね。

 世界に終わりはある!だってそういうの本で読んだ!って方も居ると思います。

そうですね、この宇宙だけでいったらそうです。ですが、ビッグバンによってこの宇宙が生まれたなら、ここ以外でビッグバンが起きてないと否定できますでしょうか。

 

 何が言いたいのかというと、ここが無限に続く世界だったとするとすごく怖くないですか?

言いしれない恐怖があると思います。なぜなら、自分のコピーがそこかしこに居るかもしれないからです。

様々な生物が過去に先祖として交配して産まれたのが自分なら、それを辿っていけばまたどこかで自分が産まれてしまう可能性があるからです。

自分とは何か?というのは生物学的に言うと、自分と同じ遺伝子を持った生物ですから、無限に交配の試行が行われればいつか自分が産まれてしまいますね。

0.00000000000000000000000001%のガチャでも、無限に引けばでますね、それが我々です。

いつか死んでもまた何兆年か後に産まれてを繰り返します。

しかもその何兆年の記憶がない(死んでる)ので、死んでまたすぐ産まれてを繰り返す事になりますね。

これって最悪だと思わないですか?

今が幸せな人はもしかしたらそう思わないかもしれないですけど、いつかその幸せが崩れるのが怖くないですか?

幸せを得て、失って、また幸せになるために無限に繰り返しアクセク働いてるのが私達です。

永遠の幸せはこの宇宙に生き続ける限りないです。なぜなら死んだら全て失ってしまう世界で生きているからです。

 そこで必要なのが浄土です。

浄土や天国なんて創作の話だと思われるかもしれないですが、どうでしょうか、もしなければまたこうしてこの世で産まれて死んでを繰り返す生き方に納得して生きていけるでしょうか?

死んだら無だと思ってても、無限にこの宇宙が続く限り「自分」という意識が一切これから産まれることは無いと証明できるでしょうか?できないですよね、現にここにいる人は望んでか望んでないでか生まれてしまってますから。

 

 なので浄土という永遠の幸せ(=成仏)に至れる場所が必要なんです。

そういう形でしか、我々は救われないのです。自分の力で、この無限ループから抜け出すことはほぼ不可能と言ってもいいでしょう。

皆さんは浄土に往生できる人間です。なぜなら阿弥陀仏が一切を救うと言われてるからです。

それが南無阿弥陀仏という6文字に込められた功徳だからです。

南無阿弥陀仏と唱えようとするその瞬間に救われてます。南無阿弥陀仏と唱えさせようとしてる仏の働きに気づいてほしいという事です。

これが浄土真宗の救いである南無阿弥陀仏です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幸せとは

 あなたが今幸せになろうと思った時、何を一番最初にしますか?

 

 例えばお腹が減ってる時においしいご飯を食べれば幸せですよね。もしくは、眠たい時にぐっすり眠る事ができれば幸せだと思います。

でもそれはマイナスをゼロに戻す幸せです。時間とお金さえあれば得られる幸せです。

僕が皆さんに聞きたいのは、「何もかも満たされている状態で、どうやって幸せになるか」です。

 

 現代の日本においては、他の発展途上国なんかと比べれば疫病で死んだりすることもないですし、戦争で大事な人を失ったりすることはありません。

多くの人々はそういう圧倒的なマイナスをゼロにまで戻そうと必死に生きています。ならば、日本人はそういう人達と比べてそもそも恵まれているので彼らと比べたら幸せなハズですよね?

そうですね、例えば、世の中のサラリーマンを見てみてください。毎日満員電車で揺られて、名前も知らない禿げたりデブだったりするオッサン達がひしめきあって、舌打ちをしあいながら小さな画面でログインボーナスを受け取っています。これが日本の当たり前の風景です。

そう。その状況においては全てが満たされています。ご飯は食べられるし寝床が突然虎に襲われるリスクもない。虫に刺されて子供が高熱を出したりしない。つまり解決するべき問題が一つもなく、ただ円滑に一日が終わっていくだけなのです。

毎日を平穏に終えることだけが幸せなのだとしたら、こんなに幸せな事ってないでしょう。ですが、僕が人類の遺伝子を代弁させてもらうとしたら

「こんなハズじゃなかった」といいたいところでしょう。

 

 僕らが進化してきた時代の変遷は、ほとんどマイナスをゼロにするものでした。そうじゃなかったものが駆逐され、あらゆる環境のテストに耐え抜いた個体だけが生き残った。

だから先進国である日本における人々の姿はいかにもそれの完成形だと言えるでしょう。生物の頂点としてふさわしい姿です。完全にあらゆるマイナスをゼロにできたと言い切れるでしょう。

しかしそれでも飽き足らず「変わらない毎日に飽き飽きした。」とか「もっと面白い事がしたい。」とか日本人は言い出します。これはなぜでしょうか。

 

 理由は”人類が倦怠期だから”です。あたり前の幸せに慣れてしまったのです。ゼロであることを幸せだと思わなくなったのです。

マイナスから勢いよくゼロに進んでいた人類はきっと「自分達の未来は明るい!将来はきっとこんなに進歩しているだろう!」と未来予想図を描いていました。

ですがそれはむなしく消え去りました。ゼロにたどり着いたが最後、そこが終着点だったのです。

人類はこれからゼロからプラスを目指していかなくてはいけない段階に入ったのです。それはすごく過酷な事で、一朝一夕で解決できるような問題ではないのです。

 

 人類はアンパンマンの歌詞でいうところの「なんのために生まれて、何をして生きるのか。わからないまま終わる、そんなのは嫌だ」の問題を考えるところに来たという事です。

人は幸せの理由は特に考えませんが、不幸せの原因は特に探ろうとします。

例えばあなたの友達が突然プレゼントを渡してきて「サプライズだよ」と言われたら「嬉しい!ありがとう!」で終わると思います。

ですがあなたの友達が突然あなたを殴ってきて「サプライズだよ」と言ったらどうでしょうか。なんで?なんで?ってなりますし、訳わかんなすぎるし、前に何か怒らせることを言ったかとか考えると思います。

健全に生きているだけで幸せな時代が終わってしまって、生きていること自体が不幸せに感じるから、どうやって生きていけばいいか人は考え始めたのです。

 

 日本の10代から30代の今を生きる人々のトップの死因が”自殺”です。

なぜ彼らが死ぬのか、答えは簡単です。「生きていること自体が苦痛だから」。

生きていることの苦痛を消すには、幸せでないといけません。ですがそれはもうマイナスをゼロにすることでは満たされない幸せという事です。

我々人類は、本当に自分達がどうやったら幸せになれるのか、個人で考えなくてはいけない段階に来てしまったのです。

その答えが出せなかった人間から、脱落して死んでしまうか、もしくは考えもしないで搾取されるかです。

思考を放棄した人間は得てして搾取されるものです。だって、搾取してもらう事でしか社会に貢献できないから。

 

 僕自身この問題には6年近く向き合っていますが、答えという答えが見つからない。

ただここには答えがありそうだとある程度アタリをつけられている場所もあります。

それは「他人を幸せにすること」です。

 

 情けは人の為ならずという言葉がありますが、間違えて意味を取ると、情け(他人に親切にすること)は人の為にならないのでやめたほうがいい、という意味になります。

正しい意味は「情けは他人の為ではあるが、めぐりめぐって自分の為になるので本質的には自分の為になる」という意味です。

僕はそもそも、めぐりめぐらなくても人の為に行動できたと自覚できた時、幸せに感じます。ただでもそれは今までやってこなかったことなので、常に困難が付きまといます。どうやったら他人を幸せにすることができるのかを考え続けなければいけませんし、おせっかいになってしまう事も多々あります。

幸せにしなきゃいけないと気張りすぎた結果擦り切れてしまって周りが見えなくなってしまったり、結局気づいたら大切にするハズの人を傷つけていたり。

ですが、そうやって四苦八苦しながらも、自分の為にだけ行動していた時より遥かに幸せに感じるのは事実です。

難しい事ほど向き合っている時は楽しいものです。

他人の為に行動することに終わりはありませんし、それができればできる程幸せを感じるのだとしたら、それはゼロからプラスを生み出したといっても過言ではないような気がします。

 

 僕は四苦八苦しながらも、それでも一緒に居てくれる他人の為にこれからも生きていこうと思います。それがどういう結果で終わるのであれ、きっとそれは明るいものだと信じたいからです。

 

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

絵を描き続けて上手くなるには

 さて、今回は上手い絵を描く方法について考えていきたいと思います。

 

 皆さんが思う”上手い絵”って何でしょうか?それは上手いではなく”好き”である可能性が高いと僕は考えます。

 

 「絵で稼げていれば上手いでしょ!」とか「pixivで週間○○位以上なら上手い!」とか明確な基準がある意見もあると思いますが、趣味で描いててすごく綺麗なイラストを描く人もいますので「稼いでいる=絵が上手い」ではないです。むしろ下手を売りにしてビジネス化することも可能です。

pixivに関しては、作品が人気かどうかとかの流行りの要素が大きいので、イラストの上手さそのものがわかる場所ではないと考えます、流行りが過ぎたら見られなくなるイラストがほとんどです。が、一つの尺度にはなるでしょう。

 

 否定ばかりしやがって、お前はじゃあ何が上手い絵だと思うんだ!と思われたでしょう。なので僕なりに考えた事を書きたいと思います。

 

 上手い絵っていうのは、その絵が「好きな人の割合」×「心惹かれる人の割合」だと思います。

 

 絵を好きになってもらうには、まず嫌われない事です。絵を嫌いになる事なんて珍しいんじゃないかと思う人もいると思いますが、絵を描く時間が総合的に少ない人間が一枚の絵に時間を掛けるとエグみが増して嫌われる絵になる傾向があります。

絵を描いている時間が多ければ作品が嫌われなくなるので、最低限時間を掛けて練習すれば、絵が嫌いな人間でもある程度のレベルまでは絵が上達すると考えます。(ただの苦行に等しいですが)

 

 心惹かれる絵を描くには、ズバリ絵が好きかどうかです。

ずっとぶっ続けで絵を描いていると、どうしても絵を描きたくなくって来ます。もう絵なんか見たくない!と思うまでに追い詰めて描いてしまう初心者の絵師さんなんかも存在します。(僕がそうでした。)

そんな絵が嫌いな状態で無理やりひねり出した作品なんて良い物なわけがありません、現にそういう状態で描いた自分の絵を見返すとひどいものです。

でも心惹かれる絵を描く人は、絵を描く事を中断しても、また描きたくなって戻って来ます。絵が好きだから。むしろそうやって休憩している間に絵のアイディアが浮かんで盛り込んでくる次第です。

好きな人が居たらどうしてもその人の事が知りたい、連絡を取りたいと思うものですよね。それと一緒で自分の中で描きたい絵があるとその為にあらゆる方法を使って描こうとするものです。他人の真似をしてでも。

 

作業的にただ淡々と好きでもない絵を描いている人間は心惹かれる絵を描けないと思います。だって描いている本人が心を動かさずに描いているから。

それで心惹かれる絵が描ける人はすごい”左脳”で絵を描いているんだと思います。世の中で流行っているコンテンツを、流行っている描き方を真似して練習して描ける逆の天才肌を持っていると思います。

もちろん他人の真似をすることは上達には必須ですが、どうでもいい他人の真似をすることはむしろ上達の阻害になると思いますので、心動かされない人間が他人の真似をして描くにはよっぽど観察眼がないと難しいと思います。

 

 あと絵が上手い人の特徴として、めちゃくちゃ感受性が豊かだというのも感じます。

僕の知り合いで僕よりも絵が上手い人はアニメとか見てて、普通に人だったら泣かないような場面で泣いてしまったり、日常生活のちょっとしたことで傷ついてふさぎ込んだりヒステリーになったりします。

逆に絵を描かないような人間はどこかぶっきらぼうな感受性を持っているように感じます。自分と関係ない場所の出来事にいちいち一喜一憂するだけの感受性を持っていない感じです。それゆえに傷つきづらいので絵を描く人間より生きやすいだろうなと思います。

 

 

 なのでこれが好きだ!と思うものに少しでも近づきたいと思う心、それが続く限り絵は上達していくと思います。

好き!と思う心の動きを絵に注ぎ続けるだけの情熱と時間があればきっと上達していくと思います。精神論ですが。

脳みそが「あ、上手い絵を描く事の方が、日常生活を傷つかずに過ごすよりも重要だな」と判断した時イラストの能力を上げてくれると思います。そうするにはまずイラストを描く事を習慣づけて体に覚えさせていくしかないと思います。

イラスト上達の練習は多くの人が上げてくれているので、僕は主観的なメンタル寄りの話をしました。

これが絵を描いていて悩む人の糧になれば幸いです。

 

ほとんどただのエッセイになってしまいましたが、読んでくださり、ありがとうございました。

 

 

 

 

9月までの イラストまとめ

描いたイラスト達です。

 

上からオリジナルのミクと

炎炎ノ消防隊の森羅日下部君と

えっちな模写です。

それぞれ1時間くらいで描いてます(遅筆)

 

こうして描いたイラストをまとめる事で自分で上達を確認したり、もし僕の絵が好きな人が居てくれた時の為にまとめようという魂胆です。

また1年後くらいに見返した時に画力が上がっていたらいいなぁと思います。

 

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